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名古屋・犬山城と岡崎城 [国内旅行]

2016年9月17日(土)曇

3連休を利用して旅をしようと思います。
石川雲蝶を見に新潟に行きたかったのですが、飛行機のチケットが取れずに、名古屋に行くことにしましたが、こちらも新幹線のチケットが取れず諦めかけていたら、予約キャンセルが出て運良くチケットを取ることが出来ました。予定の時間より早くて喫煙席ですが、1時間少しの乗車ですのでよしとします。

新幹線は、「ぷらっとこだま」とゆうチケットなんですが、乗車券とワンドリンクのサービスが付いています。KIOSKで飲み物と交換できます。500mℓのチューハイにしようと思ったのですが、350mℓしか置いてません。なんか損した気分です。

チケットが取れないくらいなので、満席かと思っていたら、車両はガラガラでした。
どこかがチケットを抑えているのでしょうか。

9時前に名古屋に到着。
明日明後日と雨模様なので、今日は犬山城に行くことに。
名鉄に乗り換えて、30分ほどで犬山駅に到着。

駅からブラブラと歩いて犬山城を目指します。

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旧磯部家住宅です。
緩やかな曲線を描く「起り屋根(むくりやね)」が綺麗です。
間口6.8m、奥行き約58mあります。
うなぎの寝床ですが、間口の広さで税金が決まるので、こういった造りになりました。
ベトナムで同じ事情で、同じような造りの家を見たことがありますが、国が違っても役人や庶民が考えることは一緒なんやなぁと感じました。

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城下町も風情があって、ブラブラ散歩にはピッタリです。

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犬山城が見えてきました。
見てのとおり、小高い山の上に建てられた「後堅固の城」です。

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三光稲荷神社の階段を上がっていきます。

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伏見稲荷ほどではないですが、稲荷神社らしい朱塗りの鳥居のトンネルが美しいです。

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犬山城です。
織田信長の叔父、織田信康により天文6年(1537)に創建されました。
別名の白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられています。
唐破風が美しいです。付櫓があるのは珍しいですね。

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天守閣からの眺めです。
尾張国と美濃国の境にあり、目の前を流れるのは木曽川です。

城を出て、対岸に向かいます。

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対岸から見た犬山城です。
「後堅固の城」とゆうのがよく分かります。
犬山城は、国宝指定され5城のうちの一つで、現存する日本最古の城です。

城下町に戻ってきて、観光です。

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からくり展示館です。
この作品は「弓曳童子」です。
人形が矢立てから矢を取り、弓につがえ、的を射るという高度な動作を繰り返す、からくり人形です。

ちなみに、「からくり」とは、
からくり[絡操、機関](カラクルの連用形から)①糸のしかけであやつって動かす装置。転じて、一般にしかけ②しくんだこと③絡操人形におなじ=ぜんまい仕掛けで、ねじを回せば動くように造った人形と定義されています。

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どんでん館です。
この車山(やま)は、「壽老臺」です。
車山は犬山祭りで使われます。

犬山祭りは、江戸時代から続く車山の祭りです。全国的に珍しく全ての車山(13輌)に仕掛けも見事な、からくり人形を備え、からくりを針綱神社に奉納します。機会があれば見てみたいもんです。

名古屋に戻ってきて、宿へ。
今回の宿は安さ重視で、第2松竹梅ホステルにしました。
男性専用のホステルで、トイレ・シャワー共同のシングルルームです。
1泊、¥2463です。嬉しい安さです。

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夜は、名古屋で居酒屋の元祖の店に行きました。
名古屋名物の「味噌おでん」です。
ちょっと甘めのお味です。味噌味が合うネタと合わないネタがあるので、まぁまぁかなと思います。

2016年9月18日(日)雨降ったり止んだり

今日は一日雨との予報でしたが、宿を出るときは降ってなかったです。
宿から名古屋駅の方へと歩いて行きます。

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名古屋駅前にある、モード学園スパイラルタワーズです。
服飾学校らしい斬新なデザインです。

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こちらも名古屋駅前にある、ナナちゃん人形です。
プロフィールとしては、昭和48年4月28日生まれで身長が610cm、体重が600Kg、スリーサイズが、バスト207cm、ウエスト180cm、ヒップ215cmとなっています。

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名古屋駅から少し歩いたところに、納屋橋があります。
1610年(慶長15年)の堀川掘削とともに架けられた「堀川七橋」の1つです。
現在の橋は1981年(昭和56年)に架けかえられたもので、前代のものを引き継いだ、中央部にテラスを持つ青銅鋳鉄の欄干が特徴のアーチ橋となっています。

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欄干の真ん中には、堀川開削を行ったとされる福島正則にちなみ福島家の家紋が施されています。

今日は名古屋市内を巡るので、ドニチエコきっぷを購入。地下鉄とバスが1日乗り放題で¥600です。
地下鉄で移動して徳川美術館へ。

今回、旅の行先を名古屋にしたのは、徳川美術館に観たい作品があるのと、国宝犬山城に行ってみたかったからです。

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徳川美術館です。
徳川家康の遺品(駿府御分物)を中核として、徳川御三家筆頭で徳川家康の九男・徳川義直を祖とする尾張徳川家伝来の大名道具を展示公開しています。開館は昭和10年(1935)です。
人気の美術館で、人が多いです。

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「青磁香炉 銘 千鳥」です。
この作品が観たいがために、徳川美術館を訪れたのですが、
1周して、あれ??
どこにあったけっ?と思って、もう1周しました。
ありました。遠くの棚の上のほうに。
香炉の足は見えません。香炉が浮いて見えるのが一つの特徴なのに、なんて展示の仕方でしょう。
ムッチャ、残念です。
人気がないから、残ない展示になっているのでしょう。

気を取り直して、移動して観光。

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名古屋市庁舎です。
近代的なビルに和風の瓦屋根を載せた「日本趣味を基調とした近世式」とされ、一般公募(総数559通)の中から西春日井郡豊山村(現在の豊山町)出身である平林金吾氏の案が採用されました。
中央にそびえる高さ53.5メートルの時計塔が特徴で、二層の屋根を配した塔の頂上には、四方にらみのしゃちを載せ、名古屋城との調和を図った意匠となっています。
平成26年12月に隣接する愛知県庁本庁舎とともに、国の重要文化財に指定されました。

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その愛知県庁本庁舎です。
庁舎の基本設計は、建築家の西村好時氏と当時、東京帝室博物館(現、東京国立博物館)の設計コンペで最優秀を獲得した建築家の渡辺仁氏に委嘱し、両氏の案を基に県建築部営繕課が実施設計を行いました。建築費は当時300万円でした。

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ネオバロック様式が美しい、名古屋市市政資料館です。
入館料が無料なのも嬉しいです。

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入ってすぐ、中央階段室です。
こちらも、重要文化財です。

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会議室です。創建時(大正11年)の会議室を復原しています。
重厚な調度品を置いて、全体に荘重な雰囲気を醸し出しています。
絨毯は、中国天津の一枚織で、一軒家が建てられるほどの高価なものです。
内装が重要文化財に指定されています。

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留置場です。
実は、この建物は名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎として使われいました。
なので、留置場があります。
さすがに留置場は、暗い雰囲気です。

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名護屋港に移動して、南極観測船ふじを見にやってきました。

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タロ・ジロの像もあります。

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第13士官寝室です。
幹部約33人の居室なっています。2人で1部屋です。広さは8畳となっています。

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第2居住区です。
一般乗組員約105人分の居室です。
幹部の部屋でも狭いのに、ここは約150平方メートルの空間に3段ベッド27台、2段ベッド14台が置かれています。狭い宿に泊まったことがありますが、ここはそれよりも狭いです。
出世せな、あきませんなぁ。

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熱田神宮です。
祭神は熱田大神であり、三種の神器のひとつ草薙神剣が祀られています。

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大きな楠がありました。

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二十五丁橋です。
西行法師も休んだといわれる日本最古の石橋です。
石板が25枚並んでいることからその名がつきました。
橋の真ん中でネコが休んでいました。

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大須観音です。
正式名称は真福寺宝生院です。日本三大観音のひとつです。

夜は夜とて、またまた居酒屋に出没です。
でらハイボールが有り、それにしました。確かに、「でら」でした。
名古屋らしいネーミングが嬉しいです。

2016年9月19日(月)晴後雨

台風16号が接近していて、雨を覚悟していましたが、雨は降っていません。
ラッキーです。

宿チェックアウトして、名鉄で岡崎公園前まで行きます。
駅から、ブラブラ歩いて10分ほどで岡崎城に到着。

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岡崎城です。
晴れ間が覗くくらいの、いい天気です。暑いです。
岡崎城は徳川家康の生まれた城として知られています。「桶狭間の戦い」で今川義元が敗死した際に家康(当時は松平元康)が今川氏から独立した城でもあります。江戸時代には家康誕生の城として重要視され、譜代大名が歴代の城主を務めています。

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天守閣からの眺めです。
1959年に鉄筋コンクリート三層五階で復興しました。

岡崎城を出て、岡崎公園内を散策です。

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本多忠勝銅像です。
家康公の四天王の一人として知られています。

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からくり時計です。

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毎時0分と30分になると、家康公の人形が能を舞います。

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表情が変わりました。
良く出来ています。

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家康公銅像です。
1965年の家康公没後350年祭を記念し、彫塑家高村泰正氏により制作されたものです。

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三河武士のやかた家康館です。
「決戦!関ヶ原」は、大型映像と屏風ビジョン、武将のフィギュアによるジオラマ解説になっています。
なんとなくは知っていた関ヶ原合戦ですが、よく分かって良かったです。

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天下人家康公の出世ベンチです。
家康公と一緒に座って、出世しましょう。

岡崎公園を出て、ブラブラ歩いて八丁味噌の郷へ。

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カクキューです。
八丁味噌蔵の見学をします。
土日祝は、毎時00分、30分開始のガイドつきで見学できます。
因みに、日本で八丁味噌をつくっている会社は、二つしかありません。

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カクキューの昔の看板です。
昭和の初めころまで旧国鉄の岡崎駅で使われていたもので、日吉丸(秀吉の幼少時代)と蜂須賀小六が矢作橋で初めて出会ったシーンだそうです。
が、矢作橋が出来たのは秀吉の死後ですので、これは後世の創作話しです。

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明治25年には宮内省への納入を始め、 明治34年12月28日には正式に宮内省ご用達の許可を得ています。 現在その制度は無くなっていますが、今なお宮内庁にはカクキューの八丁味噌が納入されているそうです。

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昔の店頭です。
今の本社の場所に移る前には、東海道沿いにお店がありました。

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味噌を造る作業は昔は重労働で大変でした。

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この仕込み桶は「六尺(ろくしゃく)」と呼ばれていて、天保3年(1839年)にできたカクキューの中で最も古いものです。

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六尺の底には、年号が刻まれていいます。

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甲子蔵の中です。
八丁味噌の製法の特徴は二年二冬(2年間)以上寝かす、天然醸造です。八丁味噌独特の濃厚なしぶみや旨味を出すためには、欠かせない製法です。
桶の上には無数の石が積まれています。総重量約3トン。ピラミッド状に整然と積み上げる石は岡崎の八丁味噌に欠かせない風景です。

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2006年の朝ドラ「純情きらり」で、宮崎あおい演じるヒロインの婚約者の家業が八丁味噌蔵という設定で、カクキューが撮影舞台となったそうです。
ドラマの設定時代(昭和初期)には金属の箍は使われていないので、美術の方が、金属の箍を隠すための「竹の箍カバー」を作りました。よく出来ています。

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カクキューの蔵は全部で七つ。全部で400〜500本程度の桶があります。
2年後、美味しい味噌になるのを待ってるよ。

蔵見学の後は、八丁味噌と赤だしの味噌汁の試飲と、味噌田楽の試食がありました。
美味しかったです。

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カクキューの裏は、八丁蔵通りになっています。
因みに、八丁味噌の由来は、岡崎城から西に八丁(約870m)にある八帖町(旧八丁村)で造られているからだそうです。もう1社のまるや八丁味噌は、すぐお隣にあります。
そちらも見学したかったのですが、時間が合わずに諦めました。

名古屋に戻って、時間があったのです、街歩きです。

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JRセントラルタワーズです。地上51階建です。
2014年に、大阪市のあべのハルカスが出来るまでは、駅ビルとして高さ世界一でした。延べ床面積では現在も世界最大です。

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駅前は、高層ビルが多いです。

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四間道です。
江戸時代の初め慶長15年(1610年)名古屋城築城とともに始まった清須越にともなってつくられた商人町です。 四間道は、元禄13年(1700年)の大火の後、防火の目的と旧大船町商人の商業活動のため、道路幅を四間(約7メートル)に広げたので、その名前がついたといわれています。
改装中なのが、ちょっと残念。

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屋根神さまです。
津島神社、秋葉神社、熱田神宮の三つの神様が祀られています。屋根の上に小さな社を祀るという形態は、名古屋独特のものだそうです。疫病や火災などの恐怖から身を守るために、庶民が祈りを込めて作ったものです。

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円頓寺商店街です。
期限は江戸時代とゆう古い商店街です。
金のシャチホコがあるのが名古屋らしいです。

徳川美術館は、ちょっと残念でしたが、犬山城は良かったですし、岡崎公園も思っていたより良くて、美味しいものも頂けて充実した旅でした。
翌日は、台風16号でかなりの雨が降っていました。1日ずれていたら、観光どころではなかったかもしれません。相変わらず、悪運が強いようです。



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